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神戸地方裁判所 昭和44年(ワ)1179号 判決

原告 平野秀夫

被告 太陽交通株式会社

主文

被告は原告に対し金一四九万一二二〇円及び内金一三二万一二二〇円に対する昭和四四年一〇月四日より、内金一七万円に対する昭和四五年一一月一九日より各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用を三分し、その一は原告の、その余は被告の負担とする。

この判決は、第一項につき仮に執行することができる。

事実

第一当時者の申立

一、原告

被告は原告に対し金二〇九万九三七八円及び内金一九三万四三七八円に対する昭和四四年一〇月四日より、内金一六万五〇〇〇円に対する昭和四五年一一月一九日より、各完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする旨の判決並びに仮執行の宣言を求める。

二、被告

原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする旨の判決を求める。

第二原告の請求原因

一、事故の発生

原告は昭和四三年五月二八日午前二時過頃、普通乗用自動車(神戸5あ二〇五二)を運転して神戸市東灘区本山町小路一の坪二番地先第二阪神国道を西進し、停止信号に従つて停車していたところ、被告会社の従業員佐藤義明運転の普通乗用自動車(神戸5き一七七〇、以下被告車という)が後方より追突し、原告はその衝撃により頸椎挫傷、前胸部打撲挫傷の傷害を受けた。

二、被告の責任

被告は、被告車を保有し自己の営業のため運行の用に供していた者であるから、自賠法第三条により、本件事故のため原告の受けた損害を賠償する義務がある。

三、原告の損害

(一)、喪失利益 一七二万九三七一円

(イ) 原告は、本件事故までは毎日交通株式会社にタクシー運転手として勤務し、平均一日(一ケ月を三〇日として計算)金二、二〇一円の給与を受けていたところ、本件事故による傷害のため業務に就くことができず、昭和四三年五月二八日(事故日)から昭和四五年三月一〇日までの間(六五二日間)に右割合による合計一四三万五〇五二円の得べかりし賃金収入を失い同額の損害を受けた。

(ロ)、原告は、本件事故に遭うことなく引続き勤務していたならば、昭和四三年四月一日以降はベースアツプによる割増金として毎月一、五〇〇円、勤務成績によつて支給される臨時賞与として毎月二、五〇〇円の各支給を受け得たところ、本件事故のため失業しこれを受けることができなかつた。よつて原告は昭和四三年五月二八日より昭和四五年三月一〇日までの間(二一カ月と一〇日)に合計金八万五三三二円の得べかりし右の給与を失い同額の損害を受けた。

(ハ)、原告は本件の事故に遭わなかつたならば、昭和四三年下半期の期末賞与として金五万二八〇〇円、昭和四四年度の上半期の期末賞与として金七万円、同年下半期の期末賞与として金五万二五〇〇円の各支給を受け得たのであるが、休業のため右の支給を受けることができず、右の合計額一七万五三〇〇円の得べかりし給与を失い、さらに昭和四四年一二月一日より昭和四五年三月一〇日までの三カ月一〇日間に年間一二万二五〇〇円の割合による期末賞与額三万三六八七円の得べかりし給与を失い、以上合計二〇万八九八七円の損害を受けた。

(ニ)、交通費 一万二二二〇円

原告は、前記傷害のため事故日から昭和四四年六月二〇日までの間一六二回にわたり飯尾病院(神戸市長田区梅ケ香町一丁目)に通院して治療を受け、その通院交通費として合計一万二二二〇円を支払い

(三)  慰藉料 一三〇万円

原告は、右のとおり飯尾病院にて通院治療を受けたが、その間項部、頸部の痛み及び頭痛に悩まされ、右の症状は後遺症として今なお治癒しない。また家庭には妻はなく(昭和四三年二月死亡)中学二年(事故当時)の女児と中学一年の男児を抱えながら、約二年にわたり賃金収入を失い経済的にも非常に困窮し苦汁をなめた。これら原告の苦痛に対する慰藉料は少なくとも金一三〇万円を相当とする。

(四)  弁護士費用 二〇万円

原告は、被告が任意の支払に応じないので、やむなく権利擁護のため法律扶助協会の扶助を受け弁護士に委任して本訴を提起した。そのため手数料として金三万五〇〇〇円、報酬として判決認容額の二割を弁護士に支払う必要がある。そこで被告に対し右弁護士費用として金二〇万円の賠償を求める。

四、損益相殺 一一四万二二一三円

原告は、前記損害につき次のとおりその填補を受けたので、次の金額(合計一一四万二二一三円)を控除する。

(一)  被告より、昭和四三年一二月二〇日までの休業補償として合計金四五万五六〇七円の支払を受けた。

(二)  労働者災害補償保険より、昭和四三年一二月二一日より昭和四四年六月二〇日までの休業補償として合計金二四万〇七九四円の給付を受けた。

(三)  自賠法の責任保険より後遺症補償として金三一万円の給付を受けた。

(四)  昭和四四年一〇月二二日から昭和四五年三月一〇日までの間、日新オート株式会社に勤務し、給料として合計金一三万三八一二円、賞与として金二〇〇〇円の支給を受けた。

五、よつて、被告に対し以上の損害金残額及び遅延損害金として申立の項記載各金員の支払を求める。

第二被告の答弁及び抗弁

一、請求原因一の事実中、原告の受けた傷害の部位程度は不知、その余の事実は認める。同二の責任及び三の損害はすべて争う。同四の損害填補額は認める。

二、原告は、本件事故による離職に基き、失業保険法の定めるところにより失業保険金一七万三〇三〇円の支給を受けたから、原告主張の喪失利益より控除すべきである。

第三抗弁に対する原告の認否

原告が被告主張の失業保険金を受領したことは認めるが、失業保険金は損益相殺の対象とならない。

第四証拠関係〈省略〉

理由

一  本件事故の発生

請求原因一記載の追突事故の発生したことは当事者間に争いなく、成立に争いのない甲第二号証及び原告の本人尋問の結果によれば、原告は右追突による衝撃により頸椎挫傷、前胸部打撲傷の傷害を受けたことが認められる。

二  被告の責任

証人山本敏明の証言によれば、被告は本件の被告車を保有し、これを雇用運転手佐藤義明が業務のため運転中に本件の追突事故が発生したものであることが認められるので、被告は自賠法第三条により本件事故による損害を賠償しなければならない。

三  原告の損害

原告の本人尋問の結果及びこれにより真正に成立した書面と認むべき甲第四ないし第七号証、第一三ないし第一五号証並びに成立に争いのない甲第三号証を綜合すると、原告は本件事故までは毎日交通株式会社(神戸市長田区長田天神町六丁目所在)にタクシー運転手として勤務し、事故前三ケ月(日数九二日)間に本給と付加給(歩合給)を合わせて計一九万八一三一円の支給を受けたこと(一日の平均収入二、一五三円)、昭和四三年四月一日以降はベースアツプの決定により一ケ月一、五〇〇円の増収となつたこと、同年三月、四月、五月の間に臨時賞与として合計七六〇〇円の支給を受けたこと、神戸毎日交通株式会社が従業員に支給した昭和四三年度(昭和四二年一一月二一日より昭和四三年五月二〇日までの上半期及び同年一一月二〇日までの下半期)の年間期末手当の平均額は金九万八〇〇〇円で上半期の配分率は四五パーセント、下半期の配分率は五五パーセントであつたこと、昭和四四年度の同様年間期末賞与の平均額は金一二万二五〇〇円であつたこと(配分率は前年度と同じ)、原告は本件受傷のため昭和四三年五月八日(事故日)から昭和四四年六月二〇日まで(実日数一六二日)飯尾病院(神戸市長田区梅ケ香町一丁目所在)にて通院治療を受けたがその間項部、両側頸部、後頭部、背部にそれぞれ自発痛及び圧痛があり、軽度の脳波異常が現われており常時頭痛を訴えていたこと、そのため事故日以降勤務を休んで自宅で療養し昭和四三年一二月に試みに出勤し二当務運転業務に従事したが右の症状が一層強く現れ以後就業することができなかつたこと、昭和四四年六月二〇日をもつて症状固定と診断されたが、その後も右の後遺症状は全治するに至らなかつたため同年六月末日をもつて右会社を退社し、その間会社からは給与を受けなかつたこと、同年一〇月二二日から昭和四五年三月一〇日までの間日新オート株式会社に自動車運転手として雇われ、その間に二二、五当務出勤し合計金一三万三八一二円の賃金収入を得たこと、以上の事実が認められる。

(一)  喪失利益 一七〇万一二一三円

右の認定事実によれば、原告は本件の事故に遭わなかつたならば、(イ)昭和四三年五月二八日以降も引続き神戸毎日交通株式会社に自動車運転手として勤務し、原告主張の昭和四五年三月一〇日までの六五二日間に前記平均収入日額二、一五三円の割合による合計金一四〇万三七五六円の賃金収入をあげることができ、(ロ)ベースアツプによる割増金として毎月一、五〇〇円、勤務成績により支給される臨時賞与として毎月二、五〇〇円の各支給を受け、昭和四三年五月二八日から昭和四五年三月一〇日までの二一ケ月一〇日分として右各割合による割増金及び臨時賞与金合計八万五三三二円の収入をあげることができ、(ハ)昭和四三年下半期分の期末手当(ボーナス)として金五万九〇〇〇円、昭和四四年度の上半期及び下半期の期末手当として合計金一二万二五〇〇円、昭和四五年度の上半期分(昭和四四年度分を下らない額と推定)の内三ケ月一〇日分にあたる金三万〇六二五円((ハ)の合計額二一万二一二五円)の収入をあげえたものと推認すべく、他に反証はない。

(二)  交通費 一万二二二〇円

成立に争いのない甲第三号証に原告の本人尋問の結果を合わせると、原告は本件受傷のため一六二回前記飯尾病院に通院して治療を受け、その交通費として合計一万二二二〇円を支出したことが認められ、右は治療のため必要な経費と認むべきである。

(三)  慰藉料 七五万円

原告が本件事故により受けた傷害の部位、程度、その治療経過及び後遺症状は前に認定したとおりである。そのため原告は少なからぬ肉体的精神的苦痛を受けたことが推認され、さらに原告の本人尋問結果によれば、後記記載のとおり被告及び労災保険より月収額に対応する休業補償を受けたとはいえ、子供二人(事故当時中学二年の女児と中学一年の男児)を抱え身体の不調と就業できないことによる不安に悩まされたことが認められる。そこで原告の右苦痛に対する慰藉料は本件事故の態様等諸般の事情を併せ考慮し金七五万円と算定する。

四  損益相殺 一一四万二二一三円

原告が請求原因四(一)ないし(三)記載の損害填補を受けていたこと及び同(四)記載の賃金収入を得たことは当事者間に争いがない。よつて前認定の原告の損害額から右(一)ないし(四)の収入額を控除すると被告の賠償すべき損害残額は金一三二万一二二〇円となる。

被告は、原告が昭和四四年七月一七日から同年一一月一五日までの間に受領した失業保険金一七万三〇三〇円につき損益相殺をなすべき旨主張するけれども、失業保険は政府管掌のもとに、被保険者及び被保険者を雇用する事業主の支払う保険料と国の負担する給付費用により運用されているものであり、かつ失業保険法には失業が第三者の加害行為に起因する場合において政府が加害者に対して保険給付額の償還を求めうる規定は存しないから、原告の受領した右の失業保険金を損害賠償の義務者である被告の利益のために損益相殺することは正当でないと解する。

よつて前認定の原告の損害額から右(一)ないし(四)の収入額を控除すると、被告の賠償すべき損害残額は金一三二万一二二〇円となる。

五  弁護士費用 一七万円

原告が弁護士に委任して本訴を提起したことは、本件事案の性質内容に照らし、その権利擁護のため必要やむをえないものと認められるので、原告が原告訴訟代理人に支払うべき弁護士費用(手数料及び報酬金)の内その相当額は、原告が本件事故により受けた損害として被告において賠償しなければならないところ、その相当額は本件事案の性質内容、賠償認容額及び神戸弁護士会所定の弁護士報酬等の基準額に照らし金一七万円と算定する。

六  結び

よつて、被告は原告に対し以上の損害残額計一四九万一二二〇円及び内金一三二万一二二〇円に対する昭和四四年一〇月四日(訴状送達の翌日)より、内金一七万円(弁護士費用)に対する昭和四五年一一月一九日(判決日の翌日)より各完済まで年五分の割合による遅延損害金を支払うべきものと認め、原告の請求を右の限度で正当として認容し、その余の請求は理由がないと認め棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九二条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 原田久太郎)

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